ミルクティーの時間エッセイ1

○新年おめでとうございます。 はじめまして。
 今年からサイエンスカフェ’hascross’の一隅でミルクティーを片手にして、時々に思ったことを書き連ねさせていただきます。
 まあ、大体週に一度を目安に話題を提供する心算です。
 申し遅れましたが、話題提供者は当サイエンスカフェの副店主、健康科学セミナーを担当している松村外志張と申します。当店のセミナーでは、もっぱら健康科学の話題を取り上げているのですが、このエッセイでは町のおじさんの一人として、なんでも日頃思ったことためらわずに話題にします。 皆さん、そうでしょう? 政治音痴の科学者も選挙に行くし、どんな美人もオナラもするし、選挙もオナラもここではためらわずに話題にいたします。
 ただ一つ、ご意見番というのはこのエッセイの目的ではありません。解決のない難題を書き連ねて嘆いたり、昔を懐かしがったり、といった話は、このエッセイの目的ではありません。そんなことできるか!というようなことでも、私ができるんじゃないか、と思うことを話題にだします。
 どうか皆様、そんな話はもう聞いたことがあるよ、でも結構ですし、それはダメです、でもいいですし、そんならやってみようならば大喜びですが、そうでなくても、なんでも結構ですから、応答を歓迎します。

○第一話は「少子化問題の解決策」です。それでは始めます。

1.我が国の人口はこんな状態
 御存知のように我が国は少子化に悩まされています。 出生率(正確には合計特殊出生率)は減少し続けています。ここ数年前までは、それでも過去のベビーブームの財産があって、総人口は減らなかったのですが、昨年はいよいよ総人口の減少が始まり、しかも昨年の出生者数は予想よりも少なく、従って今後の総人口の減少は予想よりも早い、その減少に近々歯止めがかかる、という予測はあまり聞きません。
 政府は経済の拡大、防衛予算の拡大を目指し低ていますが、我が国の経済を拡大し、防衛を充実させる最大の力が国民であることはだれでも気がついていることでしょう。
 勿論、世界でいえば、人口の増加により、地球の持ってる資源を食いつぶす様は目を覆うばかりですから、我が国のように人口が減少するということは、長期的にいって人類社会の長期的な繁栄にとって不可欠といえるでしょう。そこで、我が国のみでなく、世界各国が、その人口をたとえば1/3程度に減少させる、というような合意があれば、それは一つの方向性であるともいえるでしょう。しかし、一方の国々で人口が爆発的に増加しつつある、ということですと、もう一方で際限なく人口が減少する、ということの意味はいったいどういうことなんだ?となるでしょう。
 とくに日本は、世界でも有数な文明国家として世界の平和と知識・技術の発展に貢献している訳ですし、人口については、ある程度の減少の後には安定した再生産が期待できる、というのが理想的な望ましい姿なのではないでしょうか。

2.人口減少への我が国政府の対応策
 そこで我が国政府は、まず厖大な出生・人口の推移と育児環境に関する統計資料をまとめて報告し、世論を喚起しようとしています。見方に多少偏りは感ずるものの、おおいに評価すべきでありましょう。
 その上で、人口減少への対応策として、不足する労働力を海外から導入する策と、出生率の減少を食い止めるための施策を打ち出しています。 
 人口減少を食い止めるための我が国政府の代表的な施策は、いうまでもなく経済的な施策です。育児家庭への経済的な援助が緊急課題だということで、予算にも取り上げられています。しかし、育児家庭への経済的な援助については、少子化対策としてはあまり期待できない、という見通しを立てている学者もいます。なんといっても、我が国では、高所得家庭の出生率は低いのが現実なのです。そのせいかどうか分かりませんが、この施策によって出生率の減少がいつ頃どの程度で止まるという見通しに触れている文書を見たことがありません。

3.当サイエンスカフェからのアプローチ
  当サイエンスカフェでは、第10節の健康科学セミナーで、出産や育児に向かう生物としての人間について、健康科学視点からの調査研究を試みました。つまり、アカチャンを生み、育てるということは、生物としての本能とそれを遂げさせる健康な体という二つの不可欠な要素の上になりたっている訳ですから、一体、現在の我が国民、そしてそれは多くの先進国大都会の人間に共通なことでもあるのですが、が生殖という人間本来の能力を指標にしたときに、どのような状況にあるのか、についてなされている研究を調査して報告し、話題提供者のコメントを加えました。
 この節のセミナーについては、また今後さらに手を加えて再度話題提供されていただく機会もあると思いますので、ここでは差し控えますが、すくなくとも政府の調査報告書にはほとんど触れられていない視点だ、ということはいえるかもしれません。

4.ほかに打つ手はないのですか?
 それではその他になにか打つ手はないのか。ということで、私がかねて思っている一つの解決策を提案しましょう。
 それは、経済問題でも、健康科学の問題でもなく、政治問題です。選挙制度を変える、という提案なのです。
 どのように変えるのか。その前に現在の選挙制度はどのようなものかを簡単に要約してみましょう。
 まずいうまでもなく、未成年者に選挙権はありません。成年に達すると一人一票が与えられます。ただし、なんらかの要因によって、投票という成人としての政治的な責任を負うことができなくなったと法律的な判断がなされた場合のみ、投票権が抹消される、と要約できるでしょう。 
 しかし、この制度は自明とはいえないのではないでしょうか。未成年者も、また高齢あるいはその他の理由で政治的な責任に耐えなくなったとしても、そういった人々の人権がなんらかの形で保護されるべきことは当然でしょう。そこで現在の制度では、そういった非保護者の人権は、選挙権のある成人が保護する、という暗黙の前提がある、とみてよいでしょう。
 私はここで、現実を見ると、選挙権のある成人には、そういった非保護者の人権を保護する能力に欠けている、と批判するつもりはありません。ただ、非保護者の人権を保護する仕組みをもう少し制度化することによって、非保護者の人権をより明確に位置づけることができるんじゃないか、ということです。

4.それではどうする? 比重代表制選挙制度の提案
 一例は以下のようなものです。選挙権のない者に対しても一様に一票ずつの選挙権を与えます。ただし、その選挙権の行使は代理人が行うことを義務付けるのです。例えば、子供が誕生したら一票の選挙権が発生します。その選挙権に基づく投票権は両親に半票ずつ分け与えられる。つまり両親の投票はそれぞれ1票半ということになります。
親が一人の場合はどうする? 親がいない場合はどうする? 保育所の保母さんのように、育児に深く関わり、両親とともに育児の責任を分担している者の責任はどうする? いろいろな場合は考えられるでしょう。 基本としては、いままで投票権のなかった未成年者などの非保護者にも潜在的に投票権があり、その権利を代理人のあいだでどのように分配するのか、ということは技術期な問題であるとして、社会的に合意が得られるような適宜な法律によって処理すればよい。という考えです。
 このような選挙制度、かりに比重代表制といっておきましょう、を採るとどのようなメリットがあるか。国会では、議員さんが不得意な経済問題や科学問題の初歩的な議論する必要がなくなります。普通、議員さんが不得意な経済問題や科学問題となると、専門委員会というものを設けてそれぞれの分野の専門家といわれる先生方や業界代表が出てきて下案を出すこととなり、また官僚もいろいろな口出しをすることとなります。
 比重代表制ということとなると、例えば少子化問題などは、選挙戦の争点として戦われることになりますから、議会に出てくる前にしっかり勉強し、選挙戦を勝ち抜いた人でなければ代議士になせません。そこで議会での議論は本質的な部分に集中できることになります。

5.みなさん、どう考えです?
 比重代表制なんて、そんな面倒なこと、できっこない、とお考えでしょうか。比重代表制はなにも最初の国会で実行されなければならないことはありません。最小規模の地方自治体で試みてみて、どんな効果があるか見てみればよいことでしょう。
 このエッセイをご覧の法学者の先生、どうお考えでしょう。比重代表制は憲法に違反するとお考えでしょうか?それとも合憲とお考えでしょうか?
 このエッセイをご覧の地方自治体あるいは国会議員の先生方、どうお考えでしょう。比重代表制で議員を選出することは町おこし、村おこし、あるいは国興しのために実行可能とお考えでしょうか?それとも不可能とお考えでしょうか?

6.あとかき
 このエッセイでは、引用した事実関係についていちいち原点や数値を記入するという手間を省きました。これらの点は私の主務である健康科学セミナーではいつも心していることですが、ここは気楽で自由な発言ということで、話の骨組みのみを、あまり時間を掛けずに一気に申し上げる、ということとしたこと、どうかご了解ください。
 ここまで約2時間、 大きなミルクティーのカップが丁度空になりました。 
 皆様お元気で。また来週   松村外志張

「ミルクティーの時間エッセイ1」への2件のフィードバック

  1. ゆっくりと拝見しましたが,あまり名案とは言えないか,と思いました.と言いますのも,日本での選挙と言えば,国会議員や都道府県の知事,それに地方議会の議員選挙などですが,投票率が低いことはよく知られています.選挙権なんて,誰も有り難いものと思っておりません.子供が生まれて一票増えても,それを使いたいなんて思わないでしょう.
     さてそれで,代案を一つ.それは児童手当をしっかりと支給する,ということです.例えば,第3子以上になれば一人につき5万円,8万円,10万円,と支給を増やしてゆく,という制度です.こうなると,「あそこの家は贅沢に暮らしているなあ.」「当り前よ,子供を5人も作っているんだから.」といった会話が聞こえてくるはずです.勿論,国家財政は大変ですが,防衛費や高齢者医療保険などをしっかり見直して,倹約してゆけば実行可能でしょう.そうなれば年間出生数100万人,が維持できて,人口8000万の日本国が,外国からの移住を当てにせずに実現できると思います.

  2. 島崎英彦様
     子供の基本的人権として子供にも潜在的に選挙権が備わっているという考えに基づく小生の愚案、ご批判いただきありがとうございます。
     ウーム確かに、国会議員の選出といった場面では、なかなか現実性とはいえないでしょうなあ。現実的には、やはり直接的に育児手当を充実させる、というのがなによりかとも思います。
     小生、健康科学の課題に対しては、準備して話題提供するのですが、このエッセイでは、全くの素人が井戸端で中途半端な議論を楽しむという主旨ですから、そのつもりで続けます。
     まず、子供にも本来基本的人権として選挙権が内在している、っていう考え方に基づいてこんな提案をしたのでずか、それってほんとにあり得るのか?という点についてはどうでしょう。
     似たような質問として、犯罪を受けた被害者が補償を受ける権利は、犯人の有罪が確定しなければ受けられないか、それとも犯人が確定しなくとも補償を受ける権利は内在しているのか、という質問も考えられないでしょうか。つまり、私がならった法律の常識は疑わしきは罰せずです。とすると、殺人事件が起きたとして、その結果遺族に損害が生じているのに、殺人犯が見つからなければ、被害者はその損害に対する代償を手に入れる手だてがないですよね。でも確かに殺人がなされ、被害者は被害を受けたのですから、犯人が逮捕されるかされないかに係わらず、なんらかの補償を手に入れる権利はあるはず、という議論もできるかもしれない。もしそうだとして、犯人が逮捕されない場合に、誰がその補償を支払うか、といえば、そんな犯罪が起きることを許した社会の安全保障の仕組みに欠陥があった、ということで、そちらの方で補償の責を負う、という考え方もできないでしょうかね。子供の選挙権を云々するのと少し似たような議論だとおもって出しました。
     さて、子供の選挙権に関する以上のような基本問題は置いておいて、それはそれでいいとしたとき、子供にも、投票を保護者に委託する形での選挙権を与えるといった形の選挙制度に興味があるなんらかのコミュニティーはあるでしょうかね。
     僕は、南房総と多少の地縁がありますが、この地域での過疎化はすさまじく、何年ぶりかで部落にアカチャンが一人生まれて村中大喜び。一方、昨年は台風15号の直撃を受け、過疎化のみでなく、離農する農家が引き続いているといった、深刻な状況があるようです。しかしいまの季節、緑豊か、水仙が咲き乱れ、小鳥のさえずりは野山に満ちて、生気にあふれた土地柄です。それでも若者はこの地を離れ、東京のような大都会に向かう。そこは若者を吸い込んで、働き蜂に変身させるブラックホール。大都会では地域別出生率が全国平均よりも軒並みマイナスです。
     しかし、大都会はそれでも若者を引きつけますから、日本全体としては大きな問題であっても、大都会では少子化問題はあまり切実には感じないでしょう。地方の過疎化地帯に小さな自治体あたりが、試みる可能性はないかな、と思いますがどうでしょうかね。
      松村外志張

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