ショート エッセイ#2「健康科学の言葉」

健康科学の言葉
-フレイル、サルコペニア、エピジェネティクス – どう思います?

 科学用語にカタカナ語が増え始めて久しい。私が大学教育を受けていた1960年代前半、生命科学は殆ど日本語で習ったと記憶する。酵素の名前などにはリゾチームであるとか、アミラーゼであるとかカタカナ語があったが、生命の概念に関わる言葉はほぼ完全に日本語で習った。しかし最近はそうでない。たとえば表題にあるようなフレイル、サルコペニア、あるいはエピジェネティクスといった言葉はただいまの健康科学で不可欠な言葉だが、対応する日本語がないか、あるいは私にはなかなか思いあたらない。
 このなりゆきは研究者にとっては便利といっていいだろう。対応する国際用語が簡単に思い出されるからである。しかし当店のように、健康科学を話題として市民諸兄との交流を楽しむためにはまことに具合がわるい。義務教育でならった言葉や概念が市民の会話の骨組みとなっていることは当たり前であり、最近の義務教育のレベルは、我々の世代のそれにくらべれば遙かに高い。私が当時中学生であった1950年代にはDNAもRNAも、まだ言葉さえなかった。従って、我々の世代で分子遺伝学分野を話題にするには解説を用意しなければならないが、いまの若い方々は先刻ご承知である。
 健康は専門家の云うとおりを守っていれば事足りる。そんな楽な時代は残念ながら去りつつあるような気がする。 というのも、専門家は一般市民にはなじみのない言葉を話すようになってきてしまったからだ。
 一方で分かってきたこと、それは市民の健康を支える一番の力は市民のリテラシーだ、ということだ。 リテラシー? またカタカナ語だ! このセミナーでは、その「リテラシー」を、健康に関する知識のみならず、その限界も心得て自分で判断できる力であると考え、「心得」という言葉を当てた。世代を超えて家庭や社会が引き継いできたわが国独自の「心得」もある。カタカナ語とあわせてやはり日本語が役に立つ。そんな気持ちで前節のセミナーを構成した。お役に立てば幸いである。
 
松村外志張
ヘルスアンドサイエンスクロスロード(hascross)副店主 理学博士     hascrossたより(20190412)のエッセイコーナーに掲載