新型コロナウイルスと戦うからだの健康科学

hascross 健康科学セミナー 第12節
「新型コロナウイルス(SARS-COV-2)と戦うからだの健康科学」
紹介版 2020.4.20 (2020.5.22更新) 骨子版 free フルバージョンPDF free
情報提供者 松村外志張

1.なんのためのセミナー?
 新形コロナウイルスの世界的な感染拡大にともなって、わが国でも肺炎を主訴とする感染疾患(COVID-19)が大きな脅威となっている。予防・衛生、医療・介護、そして経済対策が重点課題として取り上げられているが、一方で、万一あなたや身近な方が感染したとなった場合には否応なくウイルスとの戦いに突入する。ウイルスと体との戦いに勝利する最大の武器は敵を知り己を知ること、との考えから、戦いの現場から報告されている事実を出所に溯って確認しつつ要約し、事実にもとづく考察を提供するのがこのセミナーの目的である。
 4月20日までに得られた情報は、主に中国の大病院への入院患者に対する臨床疫学的な調査結果で、感染の仕組みの研究や、治療や予防への応用研究の多くは今後の課題として残されている。従って、早急にも判断しなければならないときには、これらの情報のみでは間に合わない。過去の感染疾患についての研究からの類推が必要となる。このセミナーでも新型コロナに対する情報のみでなく、過去の研究に溯った調査を行って情報提供する。
 
2.入院時の状態と予後の善し悪しとの関係
  中国での調査では、新型コロナに感染したと推定される時点から病院を訪ねるに至るまでに12日程度かかっている患者が多い。患者が入院したときの聴聞事項や検査値のなかでどの事項や数値がその後に重症となったか軽症で済んだか(以下予後の善し悪しと省略)という運命の分かれ目に影響しているかが調査されている。その報告例から主要事項をまとめると以下のようにる。
 〇入院時にみられた発熱、咳、悪寒、痛み、下痢、毎分の呼吸数といった、患者が自分で簡単に知ることができる症状あるいは測定値のうち、予後の善し悪しと強く相関したのは呼吸数(毎分24回以上)で、他の指標については傾向は認められたものはあったが報告例を総合すると有意な相関があるとはいえなかった。
 〇高齢であることが高い死亡率と相関している(50歳台での死亡率が1.3%、80歳台となると14.8%)。また冠動脈障害、糖尿病、慢性呼吸器疾患、高血圧、癌などの基礎疾患がある患者や喫煙歴があった患者に死亡率が高い傾向がみられた。
 〇入院時ならびにその後の血液リンパ球数が低かったり、血清アルブミンの濃度が基準値よりも低かった患者で予後が思わしくない傾向が強く見られた。

3.入院後の経過で特記すべき観察事項
 入院後数日という比較的早くに突然容体が悪くなり、ICU送りになるケースがしばしば見られた。ただしICUに収容されたからといってすべて死亡したのではなく、治癒した患者の方が多かった。また治癒して退院した患者はすべて抗体IgGが生産されていたが、重体になった患者でも抗体が出ている患者が多数いることが分かった。
 
4.深入り調査・考察の例 -なぜ突然の重症化が起きるのか?-
 上記2-3項に挙げた観察情報それぞれについて深入り調査を行ない、詳細版に記載したが、一例として、表題の質問に対する調査ならびに考察の要点を例示する。
 この質問に回答を与えるような直接の研究がない段階で、重症化の仕組みに関する作業仮説を案じてその検証・評価を試みる方針をとった。
 一般にウイルスとの戦いにおいては、最初(初戦)で自然免疫系という免疫系が作動し、引き続いて(第2戦で)獲得免疫系という免疫系が作動することが知られている。
 新型コロナとの戦いで、軽症で済むか重症に至るかは、感染初期からの肺炎の進行の程度も影響するかもしれないが、より決定的には免疫系によるウイルスとの戦いの初戦から第2戦への引継ぎ、すなわち自然免疫から獲得免疫への引継ぎ、が円滑にいくかいかないかで決まる、という作業仮説(かりに「免疫引継ぎ不調仮説」としておく)を建てた。
 新型コロナウイルス感染でしばしば重症化すると報告されている時期が感染から14日後あたりということ以外にはあまり直接的なヒントがみつからないなかで(さらなるヒントについては骨子版ならびに詳細版に触れているが)、類似したウイルス感染として知られるSARS-CoV感染の研究例を探索し、SARS感染患者でもほぼ相当する時期に抗体産生が開始しているとの報告があり、比較が可能との感触を得た。
 またSARS感染患者でも、重篤あるいは死亡に至った患者で抗体産生が認められる例が多く報告されており、この点も新型コロナ感染の場合と対比できた。
 さらに、マウス(ハツカネズミ)を用いたSARSウイルス感染実験で、初戦から第2戦へと引き続がれる免疫系の戦いを観察できる実験系の報告があった。これら報告のなかに、新型コロナについて感染後無症状な群、重篤な状況に至ってそのまま回復せずに死亡する群、ならびに感染後に重症にまで達するがその後回復して治癒する群、の3群に対比できるマウス感染実験系があることを探し当てた。
 これらの調査から「免疫引継ぎ不調仮説」を支持する知見がSARSに関する研究に含まれていることが判明した。この仮説が示唆するところは、新型コロナ感染者が重症に陥る以前に、免疫的な体調の変化が体内で深く進行していることである。また、感染最初期における治療が予後に大きく影響することも示唆される。

5.証明されていない仮説にどんな意味がある?
 科学的に実証されていない仮説を云々することは差し控えるべきとの立場を取るか、あるいは実証されていなくとも、傍証がある仮説は評価すべきとの立場をとるか、さまざまな考え方があろうかと思います。実際、ここでたたき台として提案した「免疫引継ぎ不調仮説」が新型コロナ感染の場合に適用性があるかどうかは、今後の研究にかかっていることであり、いまその真偽を即答できるものではありません。
 実験による評価を待って判断を下すという手順が間に合わない現実にあって、仮説を建ててその妥当性ならびに非妥当性を可能な限り評価し、決断は個人に委ねるというのが、限界を知った上での科学の貢献のあり方なのではないか、との立場にたってこのセミナーを進めています。
 なお、免疫や加齢に関わる主な概念と用語の説明、ならびに調査した科学論文の所在情報は本セミナーの詳細版で記載しています。
 今後、加齢との関係、栄養との関係など、新型コロナばかりでなく、インフルエンザ、その他ウイルス・微生物感染を含めた感染にかかわる健康科学セミナーを予定しております。
 ご活用いただければ幸いです。

3 Comments

  1. 松村さま
    同期の岩村順雄です、河野君とは三菱重工で同期入社です 彼からのメールで紹介され、貴報文を読むことが出来ました まさに私が欲しいと思っていた論点・観点からの解説を示していただき感謝です
    私も実は 80才/糖尿既往症/高血圧/すい臓炎既往症/不整脈/男性 と今まで巷で言われている不利な条件を完璧に(?)備えていますので役2か月半自宅引きこもり作戦を実行中です 

    Comment by 岩村順雄 いわむらのぶお — 2020-05-02 @ 5:47 PM

  2. 嬉しいコメントありがとうございます!
    ホームページを管理している佐々木です。
    松村より直接お返事させていただきます。

    Comment by Hiroko.S — 2020-05-04 @ 10:10 AM

  3. 頂戴した質問ならびにコメントへの回答 20200508作成
     Cは感想コメント等、CAは話題提供者からの追記
     Qは質問    QAは回答です。

    C1. 肥満が関係しているというのは大事な問題になりそうですね。
    CA1. 肥満の本体である体脂肪、カラダにとっての脂の役割についての研究に興味をもって調査しています。最初はエネルギー源、それから必須脂肪酸という概念ができて、それではなぜ必須なのか、というところから、脳神経細胞の構成成分としての役割や、プロスタグランジンなど、生体機能の調節物質としての働きが明かになってきたわけですが、さらにさまざまな油脂のそれぞれをモニターする生体の仕組みが分かってきつつある、それぞれの脂を生体がいかに敏感に受け止め、それに反応しようとしているかが分かって来つつある、という印象を持っています。いずれまとめてセミナーに出しますよ。

    C2. 本文にある、高齢化に伴う免疫系の変化というのも初めてで、参考になりました。
    CA2. 高齢化にともなう免疫系の変化、まだまだ分からないことが沢山あるようです。ここで触れた老化T細胞もマウスでの研究が中心で、人間でも大体そんな風であるらしい、という程度の段階だと思います。
     太古の人間はたかだか40歳か50歳くらいまでの寿命だったでしょうから、70歳80歳まで生きることが進化の条件であったはずはないんじゃないでしょうか。
    特に獲得免疫系は硬骨魚の誕生あたりではじめてできた、ということですから、充分に完成したものでないでしょうし、それが80歳ともなれば、想定外の使用目的で使っている未完成品ということなんじゃないでしょうか。
    でも、その未完成品を携えて、人生100年まで行こうとすれば、知識と技術で、ICUのような環境を作るっきゃない、という方向に進んでいるのかな、と感じますがいかがでしょうか。
    日本人はマスクの着用に慣れてるっていうことで、その最先端を走ってきたと思うのですが、次はなんでしょうかね。宇宙服ファッションですかね。外側の技術も進歩するでしょうが、体内の免疫調節の仕組みが次々と分かってきていますから、栄養調節などの技術もまだまだ進歩すると思いますよ。

    Q1. 要約3「入院時の呼吸回数が予後と相関がある」
     主に本文Huangのデータによるのかと思いますが、ICUへの収容と相関があるのか、死亡との相関があるのか、どちらですか。後者だとすれば、前半戦でその後の勝負が決まっているということになってしまいませんか?
    QA1. 今回のセミナーでは、いくつかの臨床疫学調査をまとめて考察するために、ICUへの収容と死亡との両方を予後不良に含めてしまったことで、混乱を招いてしまいました。
     入院時の呼吸回数と入院後死亡との有意な相関を報告しているの ZhouF (p<0.0001)、
    入院時の呼吸数と入院後ICU収容との有意な相関を報告しているのがHuangC(p=0.0023) です。
     最終的に死亡した患者の大部分はその前にICUに収容されるわけですね。しかしICUに収容された患者の一部だけが死亡するわけですね。そこで、入院時呼吸数が高かった者の一部がICUに収容され、さらにその一部が死亡するという関係ですね。
     肺炎が進むということは確かに予後不良の主要な原因ではあるが、それだけでは死なない、他の要因とが重なり合って、重篤な状態に、さらには死亡につながる可能性が高い、ということなのではないか、と思いますがどうでしょうか。
     ところで、どちらの報告も入院時の発熱と予後との相関はほとんど認めていません。これは入院までにいろいろな解熱剤を服用している場合が多いことなどが原因かもしれませんが、いずれにせよ、高熱が3日と4日でたら--といった判断があまり当てにならないことは明かなのではないでしょうか。

    Q2. 要約4「ICUから生還できるのはどんな人」を知りたいわけですが、本文のマウスの実験結果が、「感染後の早期の取り扱いが生還できるかどうかの分かれ道になっていた」にどうつながるのか、どのような早期の取り扱いなのかがわかりません。
    QA2. 最初のマウスの実験では、マウスは全て生還していてピンピンしている。たた体内で自然免疫→獲得免疫という2相が進行していて、ウイルス感染から炎症の発生、治癒という行程が行われているということが分かったケースです。全工程は約12日です。
     2番目のマウスの実験では、最初のマウスでの実験での全工程のほぼ半分のところ(5~7日)まで体重がほぼ直線的に減少し、その後すべて死亡しているケースです。ここで使用しているウイルスは最初の実験のものと異なって、マウスに適応させたウイルスです。
     3番目のマウスの実験では、ウイルス投与時にインターフェロンを投与しておくと、体重減少までは行くが、その後V字型に体重が回復して、全員生還する、という結果です。
     インターフェロンといえば、食品や医薬品のなかにはインターフェロンを誘導するさまざまなものが知られており、すぐにそれらを摂取するというように動くとなると、問題が多い、ということで、この報告書ではインターフェロンという言葉をだすのを避けました。
     詳細については、新形コロナウイルス感染症と食事や生活習慣について、いま準備している次のレポートに含めます。

    Q3. 要約8の中の、「その進行の程度が、重症化に突入するかしないかにかかわらず全体としての勝敗に・・・」
     すいません、意味不明です。
    QA3. これは私の間違いです。たしかに意味不明です。言いたかったことは、重症化の原因となっているかいないかにかかわらず、というべきです。
     すべての死者が入院時にすでに呼吸数が高かったのですから、酸素不足が重症化の大きな原因となっていることはあるでしょうが、重症化をひきおこしている他の要因も考えられることについては、本文の方で述べているとおりです。
     指摘いただきありがとうございます。

    C3. BCGのことは3週間ほど前の朝日新聞にも、1ページ全面の特集で紹介されており、一般市民の目にもある程度触れていると思います。短絡的に誤解されることのないよう、少し言葉の追加があっても良いかと思いました。

    CA3. BCGのこと、純粋に科学の問題としてみれば、とても面白い課題だと思います。面白いというのは余計かもしれませんが、BCG摂取の一つの特長はインターフェロンを誘導するということで、さきのマウスでの実験もイタンーフェロンの効果を指摘していることからも、なにか関係あるのかな、と想像させるものがあります。
     ところが一方で、新形コロナウイルスの感染についてはインターフェロンが大きな負の働きをしていると指摘する論文がでています。インターフェロンは、あるウイルスが感染していると他のウイルスの感染が抑えられる、という長野泰一先生の発見に由来するものですが、細胞に侵入する際にウイルスが着地場所として利用する細胞表層蛋白質ACEIIはインターフェロンで誘発される蛋白質だ、つまりウイルスが感染して、感染した細胞からインターフェロンが生産されると、そのインターフェロンを感知した肺胞上皮細胞でACEIIが増産される。新形コロナウイルスはそれを利用してさらにドンドン侵入してくる。とんでもないところに目を付けた悪者ウイルスなんだ、という論文です。
     しかし一方で、BCGの働きはインターフェロンを増産させるだけではないでしょうから、宮川先生が見つけたBCGとウイルス感染の逆相関は、それはそれとして真実であるのかもしれず、示唆に富む発見といえるのではないでしょうか。
     現状では、科学的に知られている事実だけを根拠としてBCGワクチンを採用すべきかすべきでないかを判断することは難しいでしょう。しかしそれにも関わらず、BCGワクチンを採用しようとする動きがあったとしても、それはいけないという科学的な根拠も薄いように思います。判断には政治的な要素も含まれるのではないかと思います。

    Comment by Toshiharu.Matsumura — 2020-05-09 @ 7:57 PM

RSS feed for comments on this post.

Sorry, the comment form is closed at this time.