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ショートエッセイ#31「天国の切符」

天国の切符

母が亡くなって17年が過ぎた。当時私はまだ会社勤めで、母の乳癌が骨転移したと知ってから、2年半の間毎週末ほぼ新潟で過ごした。ただただ母に会いたかった。

治療についても通常の保険治療だけでなく、細胞治療や保険外の薬も担当医に相談して、許可をもらった。当時の私ができることを必死で考えていたことを思い出す。

亡くなる2週間ほど前、再入院したと知らせを受けて私は休みをとり、毎日母と過ごした。おしゃべりをして食事の介助、薬を飲ませて、面会時間が終わるまで病院で過ごす。母は一日だけ体調がよくて、車いすに乗って院内を散歩できる日もあった。

ある晩、母はウトウトしてなかなか食事が進まなかった。食後の薬もなかなか飲めない。面会時間が過ぎてしまう、と気をもんだ私は少し大きい声で「お母さん!」と声をかけた。すると母は静かに「わかってる」と。

そうだよね。私は母の一言で涙が止まらなくなった。

母はみんなわかってた。未熟な私が必死で考えて母に治療を付き合わせてきたこと、母や家族に希望をもってほしくて笑顔で鼓舞してきたこと、そしてもうすぐ自分の命はつきること。 そうなんだ。もう薬なんてどうでもいいじゃない。面会時間を守ることだってどうでもいいことだった。お母さんごめんね。ずっと付き合ってくれてありがとう。

その2日後、母は亡くなった。部屋には私と父がいて弟はいったん仕事に戻っていて、叔母はたまたま実家にもどったところだった。

葬儀が終わった日の夜、夢をみた。家族5人で旅行中予定していた乗り物(たぶん船だったように思う)が混雑していてチケットがとれないと言われ、途方に暮れる夢。いつになるかわからないと言われたけど、何とか今日中に家族一緒に帰りたい。とにかくキャンセル待ちを予約して待つことにした。待っている建物は2階建てで、2階に搭乗カウンターがあって、周りには小さな散策できる庭があり、大きなガラス張りの窓から1階の体育館でバスケットボールをしている若者たちが見えた。弟はちょっと電話してくると外に出て行った。叔母はバスケットを観てると1階に移動した。父は少し離れたベンチでぼんやり外を眺めていた。私はしばらく待っていると急にカウンターの男性に呼ばれて「5人分のチケットが取れましたよ」と言われた。よかった!私は隣にいた母に抱きついて「よかったねー」と言った。母はチケットを持って搭乗口にどんどん歩いていく。「待ってお母さん。今みんなを呼んでくるから、待って。ちょっと待って!」 母はどんどん人ごみに消えていく・・そこで目が覚めた。

この話をパートナーに話したら「それは天国の切符だね」と言われた。

誰しも大切な人を亡くす経験から思うこと、感じることがあるだろう。私は最大の味方であり、仲良しだった母を亡くし、いつしか携わった人の健康を丁寧に考えていきたいと思うようになった。7年後、会社を辞めてパートナーとハスクロスを立ち上げた。

科学でわかっていることは限られていて、私の薬剤師の知識も完璧にはほど遠いけれど、お客様に必要なことに気がつく喜びはひとしおだ。まだまだ試行錯誤を続けながら、多くの方と丁寧に付き合っていきたいと思っている。いつか私がチケットを使う日まで。

20250517 佐々木博子


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