ショートエッセイ#28「豆博士へのエール」

豆博士へのエール

ポケットに手をいれてアマガエルをとりだしてくる子。石ころをひろって、これは花崗岩だよと教えてくれる子。磨き上げた地下鉄駅の円柱を覗き込んで、化石を探している子。学校でマメハカセとかマメバカセとかあだ名が付いている子。どのクラスにも一人ぐらいはそんな子がいるでしょう。
小学生の君、将来何になりたいの? と聞かれてなんと答えますか? アンケートの結果では、男子ではサッカーや野球の選手や監督など、アスリート関係が断然上位。チラホラお医者さんとか会社員とか、またユーチューバーなんかも上位に
入ってる。女子ではお医者さん、学校の先生、保育士さんや薬剤師さんが上位。中学から高校へと進むとアスリートは減
って公務員、先生、お医者さんなど、社会の役にたって着実な職業を志望する子供がふえている。
そんな中で科学者とか研究者になりたい、という子供や学生さんはトップテンにはなかなか見つけられません。それも当
然でしょう。安定した職業についてほしいという親御さんの気持ちは理解できます。
しかし、ここ十年間ほど、世界では予想もつかなかったことがぞくぞくと起きています。コロナのパンデミックばかりでなく、気象現象も、いわゆる少子化といわれる現象も、またなんどもなんども新薬ができたといわれながら増え続けているアルツハイマー型認知症も、ここ数年で科学的にも相当理解できる時期にはきていますが、当初は分からないことだらけで、そのなかで今見直してみれば見当はずれの対策も随分なされて、勿体ない命も沢山うばわれました。
そんな激変の時代、豆科学者から育った生粋の科学者が求められている、と私は感じるのです。いま世界の中核にあって医療の基礎を支えている遺伝学と情報産業の基礎を支えている量子物理学の起源をたどると、それぞれ貧農の子として生まれたメンデルと誰にも理解されない学説を振り回す郵便局員アインシュタインにたどりつきます。
メンデルがどうして遺伝学を創始することができたのか、そこにはそんな貧乏な子供の才能を見つけて可愛がり、育てた
寺院の司教が、またアインシュタインについても、変人郵便局員の学説のなかに真理を認めてゆるがなかった大科学者が
いたことが忘れられません。
私自身、そんなマメバカセのひとりでした。理科は満点、英語は落第点といった子供でしたが、幸い学校の先生が寛容で
成績は非公開だったので、知らん顔して友だちと遊ぶことができました。また中学には理科準備室、高校には化学準備室
があり、理科の先生も化学の先生も私には自由に準備室に出入りさせてくれて実験などをさせてくれたのです。いまだっ
たらあぶないということで許可にならなかったでしょう。
そんな私が上に触れたような自分の見つけた真理のために本気で戦う科学者に会うことができたのはもっと後になってか
らですが、ともかく、なんとか科学者の道をたどることができたことのもう一つの要因は、私が5人兄弟の末っ子で、まあ親にとってみれば好きなようにやってくれればそれでいい、と思ってくれていたことも幸いしたということでしょう。
いま君たちは一人っ子、あるいはたかだか二人兄弟。親の期待を一身に背負って生きています。だから身分の安定しな
い科学者になるのは親としては不安でしょう。
でも、昔よりも科学者にすこしはやさしい時代にはなってきているとは思います。科学者になりたいとおもったら、ためらわず自分が好きな分野で研究をしている科学者に、どんな大先生でも臆することなく訪ねることを勧めます。励ましてくれて君が道をひらく助けになってくれる先生がきっといる、と私は思います。
2024/07/07 松村記